2006.1.4
「手は離しても目は離すな」と言う時期なのだそうだ、小学校高学年は。
漠然とは感じていたけど改めて現場にいる友人から聞いて考えた、考えている。
2歳前から自分で爪も切ってしまう空だけど、
去年は数回「このシグナルを見逃したらだめ!」ということが数回あった。
これからはもっとそういうことが増えるんだろう。
彼女の将来のことを考えて、と思っていても
今の空を見逃しては本末転倒なんだと思った。
過保護ではなく放任ではなく、空の時間を共有する事 それを一番に
それを基本にしよう。
彼女は宝物なのだ、私にとって。
2005.12.31
バリは日本時間ー1時間なのでまだ大晦日。
今朝空は従姉のダユ サシ、27日からうちに泊まっているk子ちゃんと
5時からの町内会の競歩大会に出場。
往復10KMくらいを歩いた。
そのあと、だんなの義妹家族に誘われて、ドライブ。
だんなは空のために、クリスマスツリーにつけるような電飾を
ブーゲンビリアに取り付けて、「まったく喜ぶと思って用意してるのにまだ帰ってこない」と
ぶつぶつ言っていた。
実はドライブ先から「今日泊まっていい?」とお伺いコールをしたらしいが
「一人娘がいない夜なんてお母さんが耐えられるわけ無い!」と即却下を下したという。
私じゃないでしょ、あんたでしょ、空がいないと落ち着かないのは・・・。
そして今我が家では夕方から男衆によるサテ(串焼き)制作大会が繰り広げられ
大宴会である。しかしながら、だんなは閉店業務に店に出かけて 今帰路にある。
大雨だそうだ、道の途中で電話があった。
ほとんど終演なのであるが、サテとビールはあるので
それを満喫していただこう。 アッ。帰ってきた。
かなりハイテンションである、宴にいた方々はほとんどお帰りモードであるが
だんなの登場で、ひょっとして2次会?
ここの大晦日には年越しそばはないけれど、これで家族が揃ったのでよしとしよう。
今年も一年、お世話になりました。
2005.12.26
多分 分岐点なのだと思う。
どの道を選ぶかが問題なのでなく、「どこに行こうとしているか」を自分で
よく見極めていないと、目的地のための手段だった事が いつのまにか
目的にすりかわったり、気が付いた時には最初の思いと全然違うものになる可能性があると
それは認識をしている。
今まで、今 そして将来大事にしたいと思っていることを大事にするためには
一時的に、それを「封印」した状態にすることも必要なのだろうか?
考えて判断をする事を、今のんびりと構えて行なえない。
それはまるで、長縄とび。入るタイミングというものがあって
逃すと、身体にあたる。怖がって、ずっと入り損ねることもある。
臆病風をふかしてはいられない。GO−GOマインドでいこう。
2005.12.21
今、空の読んでいるのは「大草原の小さな家」のローラとアルマンゾと娘のローズの
物語である。
実をいうと間違えて買ったのだ。
ローラの小さな頃のつもりが、彼女の娘の物語だった。
でも、先日ビデオの「大草原の小さな家」でローラの妊娠中の巻だったので
空の中では、つながっているので良しとしよう。
評価表記入期間で23日までお休み中の空の日課は
親戚の家に新しくやってきた子犬を見に行くことである。
空の学校の友達の家に犬が生まれて それを親戚の家にもらったのだ。
なるほど夕方私も覗いてみると 空がお気に入りなのがよくわかる。
ムクムクして、お腹が地面に付きそう。
目はキョロっとしていてとても愛嬌がある。
いくら可愛いし、まだ子犬の貰い手が全部ではないのは知っていても
さすがに我が家は定員制限がある。
いまだって空のハトがどんどん増えて、洗濯物にとまったりして
「お友達の欲しい子に分けて!」と言っているくらいなのだ。
だから、親戚の家に遊びに行ってもらうに越した事は無い。
さて、空は何故だか「目玉焼き」にはまっている。
毎食どころか、おやつにまで食べる勢い。
時々彼女は、変なものにはまる。
彼女の嗜好は、結構渋くて「梅干し」これは、きりが無く食べる。
「ひじき」これも、ご飯が真っ黒になるほど、というよりひじきにご飯が少し混ざっているくらいの割合で
食べる。鍋にあるうちは、お弁当にも持っていく。
「のり各種」これも、ストックがあるとおやつがわりに、あっという間にたべてしまう。
「ラワ−ル」このお祭り料理は大好物で、そのためだんなが精を出して作る。
野菜は、バリの野菜料理はもちろんトマトは彼女には果物がわりで
見つけると、おいしそうに食べる。これは生野菜をあまり食べる習慣の無いバリ人には
とても驚かれる。
要するに好き嫌いがほとんど無い。
でもこれは、かなり意識をした上でのことである。
パンでもご飯でもピザでもハンバーガーでも、食べられるものが多ければ
何処に言っても暮らせると、そういう意図があるのだ。
ここにずっといるのは彼女の選択の自由だけど ここ以外で暮らせないからが
理由だと ちょっと寂しいきがするのだ。
どこでも、彼女の行きたいところでやりたいことを 思いっきり出来る そのためのサポートをしたいものだと
いつも思う。 でも今はそういっていても実際空がそばにいないと寂しいのかな?
2005.12.19
ついに来たか?!
空がひらがなを勉強し始めた!
以前からもっていた「あいうえお」の絵本、
各ページのひらがなの横にローマ字読みを書いていたものをひっぱりだしてきて
どれを組み合わせるとそらになるのかをまず調べたようでそこから知っている日本語の単語を
ひらがなで書く練習をしたのだ、一人で。
この背景には、今日私の弟である彼女のおじちゃんにメールを書いたことや
(彼女のインドネシア語に私の日本語訳をつけて送った)
全然話せなかった日本語を話しているだんなの兄をみていることが影響をしているとみえる。
彼女の中に興味が出てきた!おりしも休暇中。
すごいなぁ。きれいにひらがな書いている。
さぁ、私に出来るサポートはなんだろう? うきうきしながらそばで見ている。
うきうき!
2005.12.18
朝から大忙しの一日だった。
日本から帰省しているだんなのお兄ちゃんの友人が団体様で
我が家に夕食に来てくださった。
男衆は魚を椰子殻焼きにし、私は野菜料理とサンバルを4種類作った。
レストランでは使わない野菜を使って、いわゆるバリの家庭料理を作ってみたところ
皆さんとても喜んでくださり、よかった、よかった。
しかも面白いことが始まりそうだ。
メンバーの団長さんが、素敵な方だったのだ。
日本で有機の食材を使って、お料理したり天然酵母のパンを焼いたりしたものを出すお料理やさんを
されていた方で、年に何度かくるバリで、自分の出来る事はなんだろうと
考えているということで、その一つの柱にEM菌を使って、水を浄化させたり
堆肥をつくることをひろめてみようとしている。
実はバリには琉球大学でEM菌を勉強して、その活動をしている人がいる、バリ人で。
「BOKASI(ぼかし)」というオイルがあり、肩こりはその部分に塗ったり
お腹の痛いときはお腹に塗るだけではなく、飲用もする。
空の学校でも常備薬にしている。
EMのことは以前から知っていたけれど、今日改めてお話を伺い、
もう一度試してみようという気になった。
すでにバリの大きなホテルやレストランでシステムとして取り入れているらしい。
それを使用すると、家畜の糞尿がまず臭くなくなり、その排出物を堆肥として使うと
非常に植物の成長によい効果を促すのだということである。
お風呂の汚れも洗剤を使わなくても、きれいに落ちるのだそうだ。
これは試してみる価値あり、というか「本当かどうか、グリヤグデと違って
効果がよくわかる個人の家で試してみるのは面白そうだ」と思った。
善玉菌で、環境浄化のお手伝いが可能なら、すごいんじゃないだろうか?!
まずは明日BALI BUDDAH(ウブドにある自然食レストランで、環境によい商品を取り扱っているお店)で
買ってみよう!
効果報告をどうぞお待ちくださいませ。
なにはともあれ、とにかく面白い一日だった。
疲れたけれど、自分たちのおもてなしを喜んでくださる方々を実際にその場で見ると
そのことのほうがうれしくて、肉体的な疲れは、どうでもいいのだ。
普通に作っているものが、人にも喜ばれるというのは すごくうれしい。
こういう経験を作ってくれたおにいちゃんに感謝だ。
2005.12.17
「恋愛中は両目を開いて相手を見なさい、でも結婚したら片目をつぶって見なさい」とは
だれの格言だったかとうの昔に忘れたが、本当だなぁと思う。
ある行動に人が至るのはそれなりの経過があってのことだと思うのだが
行動に至るまでの考えを その時々にきちんと説明をしていなければ
本人以外には非常に、理解を超えることもあると思う。
もともとだんなと私は会話の少ない間柄なので、私の行動はだんなにとっては
不可解を引き起こすらしい。
しかも「石橋をたたいて渡る」をベースにしていても「叩いて どうだかわからないと叩き割る」ことも
やってしまう私の行動は、もう「僕には全然わかりませ〜ん」という事態を引き起こす事もあるようだ。
わたしの中ではちゃんと理路整然としていても、説明をしていないから
相手に伝わっていないのはしょうがないし、それで不可解を引き起こすのならば
私の方手落ちなんだと思う。
そういうことはしばしばあるのだ。
そうなったならば、後は次の日に引きずらないで夜勤明けに帰ってきたら
何事も無かったかのように、「おはよう!」というのに限る。
それも寝坊明けではなく、せみの鳴き始める前に起きて(ほぼ5時半、毎朝せみが鳴き始めるのは)
お湯も沸かして、コーヒーを用意して すっきりした気持ちで望むのがよいみたいである。
早起きをすると見れる美しいものをたくさん見て感じて、気持ちを新たにするのだ。
そうしよう、明日は。
2005.12.16
10年以上ぶりに「柿」を食べた!
日本で暮らしているだんなのお兄ちゃんが昨夜帰省をして
お土産に和歌山名産の「柿」を持ってきてくれたのだ。
ここの果物もとってもおいしいけれど、大好きだけど
味がダイナミックなのだ。
でもって、甘いといっても大甘、というのではない微妙というか繊細な甘さの柿を食べて
本当にうれしかった。
空は初めて見る柿を「トマトみたい!」と言っていた。
彼女も、どうやら好きみたいだ。
私がお風呂に入っている間にその兄が来たら
「ジトット(グストットおじちゃんも食べたい?」と彼にかこつけて1個剥いて食べていた模様である。
ありがとう、グストット。
でその彼と話したらなんと中型バイクの免許を取得したそうである。
筆記は1回で合格したのだそうだ。
教官が問題を読んでくれたそうであるが、つまり日本語の意味が理解できるということである。
これには驚いた!
彼は山で木の伐採の仕事をこの前帰ってきたとき4月にはしていたけれど
今は切ったあとクレーン車で運ぶ仕事をしているのだそうだ。
クレーン車の免許も持っているのだ!これまた、ビックリ。
兄弟とはいえうちのだんなとはもともとキャラクターが違い
人と関わるのが好きな人なので較べることはしないけれど
私は自分自身を反省中である。
兄の持ち味を引っ張り出したきっかけはきっとパートナーにあって
私はだんなのいい持ち味を引っ張り出すきっかけになっているんだろうかということだ。
う〜ん、かなり疑わしい。
昨日に引き続き反省の繰り返しだ。
2005.12.15
「目玉を探して・・・」デイリーのコンタクトを使い始めて3ヶ月。
いつもぎりぎりまで買いに行かないのが、運のつき。
探して、探してやっと1箱入手が出来た。
しかしそのおかげで、バリでは珍しく丁寧な対応をしてくれる人と出会った。
日本では当たり前だけど、「当店には在庫はありませんが、他の支店に問い合わせをしましょう」
そんなこと、いまだかつて経験したためしが無い!
大抵、「その商品の在庫はありません」 「その商品の在庫はありませんが他社のものならありますが
それにしたらどうですか?」のどちらかなのだ。
せいぜい、「取り寄せましょうか?」と、いずれも自分の店の売上につなげる方向で
話を持っていかれる。
けれどその人の対応は違った。
おまけに 「その支店の在庫は1箱だということですが、出来れば多めに買われておいたほうが
これからはいいですよ」とまで付け加えてくれたのである。
つまり、他店に在庫を確認する際に、何箱あるかということまで きちんと確認をしていたということ。
すごいなぁ・・・。次回からは あそこに行こう!と思える対応。
接客 しかも購入者の立場にたった接客が出来る人がバリにもいるのだと初めて知った。
「初めて」というのは これを読んでいる方にはびっくりかもしれないけれど
本当に初めてだったのだ!
ともすると、周囲の環境に自分も迎合しがちなのだけど、それは「業に行っては業に従え」ではなく
自分勝手なやり方なんだろうと思う。
ホスピタリティは、「周囲がどうだから」というものではなく、本人の考え方によるものなのだろう。
自分を振り返ると、「電話の応対」がものすごく横着になっていると思う。
特にだんなとの電話。「もしもし」でもなく、いきなり用件に入り、ガチャンと切ることが
非常に多い。
相手が いくらそうでも私までそれに合わせる必要は無いのに・・・
そのため、だんなは日本語を話せないけれど私が日本語の電話をしているのを横で聞くことがあると
「えらく、違うじゃない、僕との時と」と言う表情をしている。
反省。
2005.12.14
やっとビーズフラワーキャンドルスタンドを13個更新した。
ビーズでパーツを作って花を形成することで感じるのは
「花って すごい!」である。
花びらを原寸大で作っても、花びらのふくらみ具合や組み合わせの角度が微妙に違うと
「似て非なる」ものにしかならないからだ。
でも、楽しい。どんどん時間が過ぎていく。
さて前期考査も残すところ2日となった空、こころは早くも「お休み中に何をしようか」に
向いている。
私がSLANKばっかり聞いているので、それにあわせてダンスを考案中の模様。
彼女は「ダンス」が好きだ。
それも「バリダンス」ではなく、「インド舞踊」
幼稚園から授業にバリダンスがあるので、それなりに踊れるし 嫌いではないけれど
それよりも もっと「インド舞踊」が好きなのである。
きっとコスチュームのせいもあると思う。
「お休み中、おかあちゃんはどんな計画を持ってる?」と聞かれるのだが
「う〜ん、なんだろう?」とお茶を濁している。
約束をして、破るよりも、そのときに出来る事をするのがいいかなと思うのだ。
なにしろこの大雨、それがいつまで続くかにもよるのである。
とにかく毎日毎日、雷雨。
しかも滝の様な土砂降りの大雨。傘をさしてまで歩いているのは
ほとんど現地人ではない。
その隙を狙って、お犬様の散歩である。
その様子はこの辺の方々には滑稽に見えるらしく「犬なんか連れて歩いてるよ、あの女」と
バリ語で、嫌味をおっしゃる奥様方もいる。
温厚なわたしは聞こえない振りをしているが、時々冷静さが「ブッちっ」と切れそうな気もして
「いかん、いかん」となだめている。
バリ語の尊敬語で、逆襲をしてしまいたい!と、非常に愚かなことを思ったりするのだが
そんなことしても墓穴を掘るだけのことだ。
言葉というものは、そういうことを目的に学習をするものではない。
人と会話をするための手段というのが言葉の一面で、更にいうと「自分の考えを相手に伝える」ということが
会話というものだと思うのだ。
この場合の会話は、日常会話だけでなくもっと、深い内容を伝えることも可能だし必要。
もうひとつ言えば「伝える前に自分の考えを構築する必要」があるわけで
それを構築するのに使うマザーランゲージがないことには自分の考えている事を
自分自身が認識することも出来ない。
長く住めば、それなりに日常会話は出来るようになるけれど
自分の考えを、相手に伝えることが出来るに至るには、精進が必要だ。
それと、いくら言語が出来ても自分自身に「伝えたい内容と意志」がなければ
片手落ちだとも思う。
言葉を使うということは、同時に状況判断の必要も生じるとも思う。
例えば場所を聞かれたときに「ここをまっすぐ行って右に曲がるもしくは左に曲がる」というのが
私の表現方法なのだが、「ここを北にまっすぐ行って東に曲がるもしくは西に曲がる」というほうが
ここの主流で、体内磁石を認知していない私には、「東西南北」で説明をされても
チンプンカンプンになるだけだから、私が説明をする立場になったらば
「東西南北」ベースで言い換える必要があり、逆もまた然り。
「伝える」「理解する」という目的を達成するには、柔らかなこころが必要なのだと思う。
ちなみに頭の固い私は、いまだに「東西南北」を理解していない。
きっとそのへんが、「ここで暮らす」ことを どのくらい私自身が受け入れているかの
バロメーターなのだろう。
2005.12.13
いくらだんなの所属しているのが僧侶階級でも、自宅が境内化するのは困る。
というのは、ハトのウンチである。
玄関前のポーチ、今掃除をしてピカピカになったと思っていても
すぐに、ポトッと用を足されてしまう。
さて話は変わり、現在YAHOOの検索で上位にヒットする。
といってもキーワードはボタンでも、ビーズでもビーズフラワーキャンドルスタンドでもない。
さて何でしょう? 「sadlovestory 韓国ドラマ」である。
韓国ドラマのサイトを運営している方は、上位ヒットを目指して工夫を凝らしておられるだろうに
何気無く日記に書いたものが、検索上位ヒットをしているのは
大変申し訳が無い・・・。しかも今又書いたのでもしかすると もっとヒットする可能性があがったかもしれない。
これには 本当に驚いた!
以前「バリ 雨止め儀式」でこのHPにたどり着いた方がいたけれど
それはかなり特殊な言葉だから分かるとしても、「sad
lovestory 韓国ドラマ」は
韓国ドラマのサイト、ブログを含めて頻度の高いものだと思うので 本当にビックリである。
反対にいうと、本業のビーズ ボタン ビーズフラワーで検索をかけるとヒットするのか?
う〜ん
2005.12.12
本日より空は前期考査がスタート。
第1日目は理科とインドネシア語。
まぁ、わからないでもないが彼女は、クラスの子が問題を解き終えて
部屋から退出すると非常に焦るらしい。
別に時間制限ギリギリまで取り組んでも構わないのだが
「友達がもう終っている!」と思うとプレッシャーらしい。
登校前に「ゆっくりよく考えたらいいんだよ、終ったらもう一度よく見直したらいいよ!」と
言って送り出した。
それにしてもよく雨が降る。それも滝のような雷雨だ。
庭もまるで、池のような状態になる、雨の間には。
でも、この雨は恵みの雨だ。
大地を潤し、植物を実らせる。
どんどん木々の緑が濃くなる。
「生きてるぞ〜!」と言う感じだ。植物だけでなく、人間もお犬様も
食欲が増すらしい。というのはだんなの説。
彼は、「雨の季節にはお腹が減る」と信じている。
この雨の季節というのに、うちの村の市場は改修工事を15日から始めるのだそうだ。
そのため、その期間である4ヶ月は場所を移動する。
しかもサッカーグランドに。
各お店は自前で、テントを張って備えるのだそうだ。
しかし、どのみち足元はぬかるむのだ。
その昔、雨靴をはいて市場に買い物に行ったらば、みんなに大笑いをされた。
雨靴というのは、この周辺では「田圃仕事グッズ」のカテゴリーに入るらしく
「場違いなものを履いて市場に来る外国人嫁」と、思われたのだ。
だから、かわいいレインシューズなんてほとんどの人が知らないのである。
だんなは雨が降ろうが、雷が鳴ろうがバイクで夜勤に毎日出かける。
後ろに乗っていても雨の間は視界が閉ざされるのだから、運転をするともっと大変なんだろうに
宮沢賢治ではないが「雨にも負けず、風にも負けず」といった意気込みである。
ついでに言うと、夕方まで田圃で雨の中、ドロまみれでエビ養殖の作業をしている。
雨で田圃から、流出したエビを捕獲して安全な田圃に移すという作業。
「よく風邪ひかないなぁ」と思うのだが 彼曰く「俺は病気になってる暇は無い!」と
自己宣言したから、病気も寄り付かないのだそうだ。
そういう姿を毎日まじかで見ていると落ち込んだり、それでイライラしてるのは
ちょっと勘違いだったかなぁと思える。
2005.12.11.
私のやれる事はなんだろう、私しか出来ない事は何だろう?
バリにいることがベストなんだろうか?
昨日のほぼ日のデイリー版に植物の植え替えのことを書いていた人がいた。
鉢にもうぎりぎりまで根っこが張ったら、そのときが植え替え時なんだそうだ。
私はここに ギリギリまで根っこを生やしてるんだろうか?
やっぱり値上げになるのだそうだ。
プロパンもガソリンも。
ほかのバリ人からすれば、私が深刻に受け止めているのは変かもしれない。
でも、こういう現実の中で どうしないといけないのか 考えずにはいられない。
あきらめないで、空を見上げて暮らしたい。
2005.12.10
先日SLANKというグループのことを書いたが
今日曲を聞いていて 何故彼らが プロレタリアート層に圧倒てきな支持を受けているのか
よくわかった。
レニー、あんたと話がしたいんだ
俺たちの将来についてさ
俺たち この国でUNAを育てられるんだろうか?
レニー、俺一体いくら教育費がかかるのか知りたいよ
もし病気になったら 薬代いくらかかるんだろう?
俺たちこの国でUNAを育てられるんだろうか?
レニー、あんた怖くない?
ここの人間、だんだん人間じゃなくなってきてる事
正義がただの方便になってること
俺たちこの国でUNAを守れるんだろうか?
レニー、TOYSTORYのおもちゃ買って MaCで食べるのやめたら どうだろう?
賭け事教えて ワルンで食べて
俺たちそしたらこの国で 考えが拡がるんだろうか?
俺たちこの国でUNAをインドネシア人らしく出来るんだろうか?
indonesiakan UNAより 訳が私自身の意訳なので 間違っていたらごめんなさい。
あまりにも切ない。
あまりにもよくわかる。
アナーキーとか、そういう問題じゃないんだろう、きっと
もっと近いところで、身近なところで自分に置き換えて聞いてるのだろう。
私はSLANKER(スランカーといい彼らの熱烈な支持者)ではないので、
UNAが何を指しているのか本当のところは知らない。
おそらく子供の名前だろうと思うけども、もしかすると
PLUR(PEACE LOVE UNITY RESPECT)という彼らの今のツアー名のように
何かを混ぜ合わせたものかもしれない。
私自身はUNAをSORAに置き換えて聞いてしまう。
空を育てる場所というのは、今のところバリである。
今日知人とばったり出くわして、教育・学校のことを少し話した。
彼女のお嬢さんはまだ幼稚園だけど
お互い、ここだけじゃなく何処でも生きられる骨太さを持てるように
いろんな可能性のもち札を提供したいということだ。
ここを選ぶのは本人の選択だけど
ほかに選択肢が無いからここにいるということにはしたくないなぁということなのである。
もっと言い換えると「バリのしかもウブドエリアでしか通用しない常識」に
縛られなくて、生きていって欲しいということ。
カーストは、ただの名前で、それがあるから優遇されるのは
ここ以外の世界では滅多にないということ。
自分が持ち合わせている器とそれを膨らませる努力が必要だということ
もちろんほかの世界にも不条理は存在する。
そのことも含めて世界はひろいということを、もっともっと自分自身で
感じて欲しい。
SLANKのコンサートは、行けないけど
当分我が家には彼らの曲がエンドレスで流されそうだ。
外は大雨だ・・・。
2005.12.9.
カプチーノは本日2回シャンプーをした。
昼間シャンプーをしたあとに、散歩に行った際、隣の犬にそそのかされて
田圃に突入しドロだらけになったのだ。
人の気も知らないおおばか者である。
さて遅々としてなかなか進まない画像撮りとHP作成だが
やっと5アイテムまで進んだ。
この勢いを倍速にして、進めるといいなぁ。
2005.12.8.
来週から 空は前期考査が始まる。
今横で、問題集を寝ながら読んでいる。
さながら受験生のようだ。
インドネシアでは現在2期制を施行しているので
1回の試験範囲が広い。
大半は教科書1冊分。
後期には新しい教科書になる。
彼女は、教科書もお話の本も あまり区別していないようで
お話の本のストックがなくなると、教科書を読みながら寝る。
変な子だなぁと思う。
面白いのかなぁ?
だんなにとっては、私以上に驚きの対象である。
ちなみに、試験が終るまで父親の威厳として 通読している子供用の雑誌を読んではいけないと
言っている。
これもまた、変な話だと思う。
そのため、だんなに「BOBO(子供用週刊誌)や、プリンセス(ディズニーキャラクターの月刊誌)を買ってきて!」
などということは、厳禁。
しょうがないので、物分りのいいおかあちゃんは、一人で買いに行くのである。
なぜかというと、小学生時代を地方で過ごしたので
本を手に入れることの難しさを私自身が経験したからで、
1週分買い逃すのが 悔しいのは よくわかるのだ。
バリは首都ジャカルタから島も違い、そのうえ配分量が少ないので
あっという間に買い逃す。
新聞の定期購読者も私の周囲には5本の指で数える事が出来るくらいしかいない。
ニュースがあるからでも、ましてやインターネットで情報が入手出来るからでもない。
ところで今朝又市場で「近日中にプロパンガスの値上げがある」と聞いた。
1年前と今では80%以上上がっているのに、つまり倍になる勢いなのだ。
「薪で料理しようかなぁ」と思ってしまう。
2005.12.7
因数の次は、「そろばん」
明日は週に1度のそろばんの日のため、夜空の検算をするのは
水曜日の定番メニューである。
実は、お稽古ごとが嫌いだったので、小学校で習っただけなのだ、私のレベルは。
空と同時に始めたといっても過言でないかもしれない。
課外授業の「そろばん」がスタートした頃は、ほぼ全員が受けていたのだが
どんどん辞めて今では1年生から6年生まで1クラスで習っている。
空も「辞めたい!」というのかと思っていたが、友達がどんどん少なくなっても
いまだに続けている。
理由のひとつは、放課後の課外授業のため
休憩時間に、学校の前にあるワルン(駄菓子も置いているよろずやさん)で
友達とお菓子を買えるためなのだろうと、うかがえる。
なんだかんだいっても3桁の足し算・引き算まで 出来るようになってるので
大目にみている。
だから毎週木曜日は4時まで学校なのだ。
通常は2時半が下校時間。
公立の小学校は1年生から3年生までは だいたい10時に下校
4年生からでも12時に下校するから、
「2時半まで学校」というと、たいてい驚かれる。
ちなみに幼稚園の場合、8時から9時半 おそくても10時には帰るのが
普通のため、「12時まである幼稚園」に2歳半の娘を行かせた「鬼のような母親」と
当初は 周囲から白い目で見られたものである。
でもって、中学・高校はというと
公立は教室数の都合で2部制のところが多く、朝番の場合
8時から12時まで、昼番は1時から5時というのが一般的である。
私立でも、1部制、朝から12時までという学校も割りと多い。
バリの学校の先生と日本の先生の大きな違いは
「生活指導」をしないことだと思う。
学校の前のワルンで、喫煙中の制服姿を見るのは ここでは特別ではない。
バリヒンズー教では、生後3ヶ月から金製品を身につけるので
女子中学・高校生がアクセサリーを制服と同時使用していても
ちっとも不思議ではない。
空もネックレスこそ最近はしないが ピアスは使用している。
文化が違うということは こういうことなんだなぁと感じる。
そうだ!ここの中学生男子の制服は半ズボンなのだ。
日本でそんな校則になったら、暴れる子が多いんじゃないかなぁ?
授業時間が短いのに、小学4年生で「因数」と言うのも不思議だし
逆にいえば、「日本の学校制度はなんで授業時間が長いんだろう?」という
「?」でもある。
もちろんインドネシア全体からすると就学率は まだまだ低いし
「6・3・3」制どころか 今に至っても「6・3」制を奨励している。
最近、小学校・中学校補助金も政府広告で流しているが
それによると、中学校のほうが月額が高い。
つまり負担を軽減して、就学率を高めようという試みらしい。
しかしその一方では、ジャワのバンドン工科大学やインドネシア大学は
世界レベルの水準でもあるわけだ。
どうやったら、そうなるんだろう?
あぁ、そうだ英語のカリキュラムは「使える英語」だと思う。
文法よりも実用的な部分が多い。
先ほどの空の宿題は「スーパーの前で出会った主婦2人の会話」という状況設定で
挨拶から、何を買おうとしているのかをお互いに尋ね、「じゃぁ、ここのスーパーがお勧めよ、
さぁ中に入りましょう!」と締めくくられていた。
かなり「使える英語」だと思う。
さて、お勉強どころではない。
昨日いよいよ新作発表したのである。
「ビーズフラワーつきキャンドルスタンド」である。
ちなみに初登場は1種類1個である。
当初、同じものを何個か、出来れば10個づつくらい作成しようと思っていたのだが
以前の日記にも書いたけれど「同じものを作るのが苦手」というのが
私のみならず、私の作成したものをアイアンのキャンドルスタンドの土台に
つけるプロセスを担当しているだんなもそうで、「全部違うもの」になっているので
全部画像撮影、画像処理をしなくてはならなくなったのだ。
しかも毎日雷雨で、画像撮影が立ち遅れている。
毎日数個づつUPする予定ですので
どうぞ お時間のあるときには 覗いて見てください。
2005.12.6.
「昔とった杵柄」の反対のことわざは 何だろう?
「因果応報」?「京の敵を江戸で討つ」?
先ほど、空の算数の宿題のプリントで 脳のしわが増えるんじゃないか?と思うようなめに遭った。
まず、数学用語のインドネシア語を辞書で引く。
「FAKTOR」???「お〜っ、因数」
で「因数」???
自慢できるくらいに算数も数学も苦手だったのだ。
小学校5年生の時、保護者会から帰ってきた母が深刻な顔をして
「この前の学力テストのグラフが無記名で、配られたんだけど
国語が最高点で、算数が最低点の子がいるのよ。
これって、あんただと思うわ。」
というくらい、親も本人も自覚するほど苦手だったのである、算数。
幸か不幸か 空は
「おかあちゃんはインドネシア語の数学用語がわからないから
時間が必要なんだ」と思ってくれているが
問題の根本は違うところにある。
「念ずれば花開く」のひとつとして、
「数学が得意な人と所帯を持つ」という計画だったので
自分の子供の算数は、パートナーに全権を任せるつもりであった。
それが、今になって ガラガラと音をたてて、崩壊したのである。
それにしても因数分解は 中学過程じゃなかったかなぁ?
ちなみに、理科では筋肉の名称とかが出てくるのである、小学校4年生で。
予想するにインドネシアでは就学率が低いので、
一番行く可能性のある小学校のうちに 出来るところまで教えてしまおうという
カリキュラムなんじゃないだろうか?
ともあれ、政府の方針はどうでもよい。
我が家の「お山の親子のIT革命」と「私の数学」はどうやら同じレベルにある。
2005.12.5.
祝 開通!
念願のチャット大成功。
空は 興奮冷め切れずしぶしぶ眠りについた。
「寝ないと明日チャット禁止だよ〜」の殺し文句は当分有効だ。
おかしかったのは、だんなも参加したがキーボードを打つスピードが
空のほうが早いこと。
空に「Eはここ」とか言われる始末。
しかしながらお山の親子にもIT革命、めでたしめでたしだ。
こんなことを大騒ぎして、雷の合間をぬってやっているのだ。
2005.12.4
雷雨続きで思うようにPCが使えない。
その合間をぬって、インターネット通話のソフトをダウンロードした。
というのも今日本屋でPC専門誌を購入したら、ダウンロード用のCDがついていたのだ。
これを使用したらば、0からダウンロードするのとは違い、5分弱で終了した。
すぐにも使いたいけれど、通話をするにはヘッドセットが必要。
お預けだ。
音声がどの程度かはまだわからないけれど、無料で世界中に通話やチャットが可能。
ちなみにSKYPEという。
うまくいけば空の念願もかなうという次第。
さて夕方、義兄が正装をして登場。
何事かと思ったらば、今度予定されているこの敷地のドゥグル設置場所を決めるため
僧侶とアシスタントが来るというではないか。
何も聞いていない、しかもだんなは田圃に行っていて不在。
別にお茶を用意するくらいの事だから、パニックになる必要もないのだが
このシュチュエーションは 大変苦手だ。
今日はたまたま買い置きのお菓子があったのでよいのだが
何も聞いていないのに、つまり何も用意していないのに祭事関係の人がやってくるというのは
ビックリするし、粗相がないようにと思うので
それなりに気を使うのだ。
通常そのパニックによって生じたストレスは だんなに矛先を向ける。
時には大喧嘩も引き起こす。
それくらい、私にはストレス。
いいかげんに慣れればいいのにと思うが、こういうことに限って
肝っ玉マインドを起動できない。
これはバリの普通なのに う〜ん。
話を変えよう。
ここのところ妊娠告知鳥がよく鳴いている。
バリ全土にわたる説かどうかはともかく、私の周囲では定説。
妊娠した人のいる家のそばで、鳴く鳥がいる。
ふくろうによく似た泣き声。
実は私自身も体験者。
空を妊娠した当時、しかも私自身も確認をしていなかった頃の事である。
夜になるとその鳥が鳴くので、おばさんが 何処の方角を向いて鳴いているのか
探したのだ。
すると私の部屋の方向を向いていたそうで
「ショウコは妊娠している!」とあちこちで話しまわったのである。
しかも そのおばさんは供え物のお菓子を毎日市場に売りに行くため
そのついでに、市場でも 話したのだ。
だんなは、ビックリして「君、妊娠してるって町内でうわさになってるよ!」と報告。
それで、クリニックに検査に行ったらばやはり妊娠していることが判明。
その晩から 鳴かなくなったのだ。
つまり本人が自覚をするまで毎夜鳴き続けたという次第。
嘘のような本当の話。
そういう経験を積み重ねると、ここの儀式やお祭りごとは やはり意味のあることなのだろうと
思わずにはいられない。
2005.12.2
だんなが太ったらどうなるかの一部を現在、提示中。
昨日はちに刺されたそうで、左手が腕まで腫れている。
右手は筋肉質で血管がくっきり浮き出ているのに
左手は、膨れている。
空に「お母さんの腕みたいだね」というと「本当だ〜!」と妙に納得をされた。
昨日は2005年師走の最初の日なのに雷でPCを使えず
日記を書けなかった。
昨日は朝から、今日の遠足というか社会見学を前に
空はものすごくテンションが上がっていた。
朝一(朝焼けがあまりに美しかったので5時に空をたたき起こした。)から
「夕方、学校帰りに明日の必要品を買いたいの!」と言う具合であった。
「お弁当はMIE SEDAPのMIE GORENGがいいなぁ」
とんでもない!お弁当にインスタントの焼きそばなんて、と
それは 却下し おにぎりとウインナ−、チキンステイック、うずら卵 きゅうりの
串刺しに 落ち着いた。(これも かなり手抜きだが インスタントよりは ましか?)
トゥガナン村にグリンシン(ダブルイカットという世界でも有数の織物)の
製作工程の見学。
ちいさな村に6台の大型バスを連ねて行ったのだ。
さぞかし賑わったことだろう。
もしかしてSさんも 村にいたのかなぁ?
Sさんは日本人女性でグリンシンの全ての工程を学術的(論理的)にも
実際に制作もできるという ものすごい人だ。
しかも 村の人に 大変信用があり、お祭りの前になると
「どうしてこないの?供え物つくりの人手に入ってるのよ!」と電話までかかるという人。
私は結婚してここで暮らしているけれど、彼女よりも
親密度は 周囲より 低いんじゃないだろうか?
バリで出会えた ものすごい人の一人だ。
素敵な人なんだ。
さて空は 大変お疲れの様子で、グ〜グ〜寝ている。
外は大雨。
2005.11.30
カプチーノがまだ戻ってこない。
空も心配しているって言うのに・・・。
庭の植物がジャングル化している。
一雨ごとに勢いを増す。
このぶんでいくと、玄関前に植えた蔓系の花が あっという間に垂れ下がって
カーテンのようになるに違いないと 喜んでいる。
頭が割れそうに痛くて、夕方飲んだ薬が効いてもうろうとしている。
2005.11.29
言葉と言うものは、使い方次第で 人を傷つける事も励ますこともできるのは
周知の事実とはいえ、実際問題 ずいぶんと使い捨てをしているような気がする。
「舌は火である」とは新約聖書の聖句であるが
身体のパーツしてはかなり小さな部類なのに
その制御が難しいと言う事は、西暦がはじまった頃にも存在した現実なのだろうと思う。
2005年たった今でも、この問題は解決をしていないということは
おかしくもあり切なくもあり。
2005.11.28
やはり作ってすぐ食べるのはおいしい。
夕方庭のほうれん草を摘んで、生ピーナッツとマッシュルームのスープを作った。
日頃、作ってもすぐには食べなくて、食事時間に冷えたものを食べるという
ここのパターンで過ごしているので、こうやって出来てすぐのものを食べると
しみじみおいしいなぁと思う。
もうひとつ 今はまっているのは
白菜、キャベツ、ナス、みょうが、しょうがを千切りにした後
塩もみして、あく抜きした後に
めんつゆのドレッシングで サラダ風即席漬けにするというもの。
めんつゆのかわりに、梅干を混ぜてもおいしかった。
おいしいものをおいしいと思える時は、幸せだ。
さて、本日から空のペットに加わったものは、「やどかり」である。
この前かなり弱ったのを、ちびグストゥからもらったのはいいが
喜んでいたのもつかの間で、死んでしまった。
その後お葬式のため海にいけず(お葬式が終るまで町内の人は海に遊びにいくことは
良しとされない)、がっかりしていたのだ、空は。
で、今日市場にいたおもちゃ売りの自転車のおじさんが持っているのを偶然見つけて
この私が自ら購入してしまった。
えさは、野菜。叔父さんはサユール ジャパン(冬瓜に近い野菜)の切れ端を
おまけにつけてくれた。
学校から帰ってきた空に「ヤドカリいるよ!」というと もう大喜びで
床に這わせて遊んでいた。
そのうれしそうな様子ときたら!
これで私の市場で購入するえさのアイテムがひとつ増えた。
よくあるのだ、人間の食べもののストックがあるから今日は市場にはいかなくていいかなと
思っていると
「豆腐(鳥のえさ)がないなぁ・・・」とだんなが せかしたり
お犬様の骨が足りないとか、そういうことが原因で市場に行かねばならない事が。
まぁ、空の幸せのため、よしとしよう。
2005.11.27
IKHLAS(イクラス)
インドネシア語辞書によると誠実でも実際にはもっと宗教的な意味の深い言葉で
能動的な行為をさす。
つまりある行為を強制されてやるのでなく、自らの意思で誠実さを持ち
喜んでやるということ。
夕方義母とだんながなにやら相談をしていた。
来月のファミリーテンプルのお祭りの際にこの家の正式な儀式をするということは
先日日記に書いたのだが、それに伴いこの敷地にドゥグルと呼ばれる祠を
設置しなければならないという。
それは敷地の警備をする祠だそうだ。
これが無い場合、要するに警備がないのでいろんなものが入ってきたり
無くなったりするという。
具体的な例をあげると、収入があってもそれを上回る予想外の支出があったりするということ。
つまり選択肢は無いのだ。
ドゥグルを設けなければならない。
これは以前からあった話だが、今回の儀式のときには無くても
いずれやればよいということであった。
だからだんなと義母は私が
「話が違うじゃない!」と異議を申し立てるのを心配したのである。
「やれなければならない事」だと いくらの私でも抵抗をするつもりは無い。
ましてバリヒンズーにおける常識がないのだから・・・。
ただお願いしたいのは、それにかかる金額を現状に即したものにしてほしいということ
それだけである。
この費用いうのがなかなか曲者で、上は限りが無いのをいやというほど知っている。
新車1台買えるくらいを使うこともそれ以上も可能だ。
家が建つくらいの費用も可能。
豪華を求めれば、きりが無い。
しかもドゥグルを設ける場所は今車庫にしているところなので
車庫も移動する必要がある。
胃がいたいと頭を抱え込む事も可能。
世をはかなんで寝込む事すら可能だ。
「しかし、ここはIKHLASでいこう!」と腹をくくった。
必要な事は必要なものが与えられるでしょう。
2005.11.26
夕方お犬様の散歩から戻るとだんなが上機嫌。
彼の植えた稲の成長が同じ日に植えたほかの人よりも
著しいのだそうだ。
「この分だと2袋(50kg?)は収穫できそう」とのこと。
すごいことだ。お米と野菜を自給自足できるかもしれない。
しかも無農薬。
WILD LIFEがだんだん本格化?
更に言えば果物・・・マンゴー、バナナもある。
油もココナツから作ろうと思えば、可能。
かつて習得したのだ、ココナツオイル作成。
なにせ、「養豚歴」のある女で名をはせている我が身。
自宅で作成、調達可能なことは かなり網羅している。
肝っ玉母さん道を驀進中!
話は飛び、今日道の看板で来月にあるコンサートを知ってしまった。
SLUNK(スランク)というインドネシアの特にプロレタリアート層に非常に支持の高いグループの
コンサートがあるのだ。
「空、SLUNKがコンサートやるって!」
「えっ、行きたいなぁ。何日?」
「12月16日」
「あっ、空 前期考査中だと思うよ、無理だよ〜!」
母親より冷静な娘である。
またしても、行きそびれそうだ。
この話題を横で聞いていただんなは、「あんた、一体何歳?子持ちの主婦がする話題じゃないんじゃないの〜」
という無言だが冷ややかな視線を送っていた。
しかも「お父さんは送迎お断りだからね」との、コメント。
彼は知らない、本気になったら交通手段の問題なんて、なんとでもなることを。
今にみておれ!
そのうち空と行ってやる!
2005.11.25
まずは昨夜の種明かし。
お犬様が興奮していたのはチャロナランという劇が催されたからだと判明。
わたしはこの演目については全然語れない。
一度ツーリストでいた頃観たのだが
お客は私と友人の2人だけ。
出てくる人形がえらく気持ち悪かったので怖かったという印象。
しかもこれがあるのは「死者の寺」で夜中なので一度もバリ人向けのものを観た事が無い。
これに関して言えばY嬢の専門分野であり、ちなみに彼女はこれを観るために
スケジュールを合わせてバリに来ることもある。
もしも昨夜ここにいたらばきっと観にいったんだろうなぁ。
空は最近お犬様の散歩のお供をするのが好きだ。
夕日をお気に入りの場所で見るのが彼女も好きだから。
今日は久し振りのお天気で、本当に夕焼けがすごかった。
遠くの椰子の樹と椰子の樹の間にちょうど位置していて
その光はまぶしいくらいだった。
あっという間に沈んで、その光が空にいろんな色をかもし出す。
雲の切れ端の色がことのほか美しかった。
空ってもしかすると全部の色を持っているのかなぁと思うほどだ。
青だけでなく、オレンジ、グレー、インディゴ、赤、ピンク 白 黒、本当に本当に美しい。
私たち2人が見とれている間に、豆腐は変な草か、ヒキガエルを口にしたらしく
途中で「お母ちゃん、豆腐の口が変になっている!」
見てみると歯茎がお岩さんになっているのだ。
だんなに診てもらうと、「こりゃ何か草か、ヒキガエルをなめたんだな」との診断。
豆腐は口汚い。ギャルソンやカプチーノと違い、
なんにも考えず、こころのおもむくまま、すぐに口にする。
もともと今つなぐ発端である病気も、変なものを食べて食あたりになったからなのに
相変わらず、警戒心が無い。
豆腐はうちに来た当時から、食べる事に欲深い。
小さな身体でお皿にのめりこんで、がつがつ食べるという今までにいなかったタイプだったのだ。
弱虫のくせに、食事時になると先輩を差し置いて、一人でお皿を平らげて
カプチーノやギャルソンの顰蹙を買っている。
現在食欲のトップは、ティラミスに譲ったものの、病気が回復して以来
ものすごく食べる。
我が家では人間の食べる量よりも、お犬様のほうが多い。
さて散歩の途中で通った新しいギャラリーで展示の準備をしていた。
絵だけでなくオブジェもあって、空も興味津々。
始まったらば、2人で観にいこう。
こういうときの相棒は空に限る。
「面白そう」と思うものが、このごろとても共通してきた感じ。
お散歩コースというのがなかなか立地条件としては好都合。
いつからかなぁ?
2005.11.24
今こんといひしはかりに長月の 有明の月をまちいてつるかな
別に忍ぶる恋に身を焼いているわけではない。
ただ、この半月ほど こういう状態なのだ。
連絡を待っている。
今夜は我が家の犬の様子がいつもと違う。
落ち着きが無い。
こういう場合、ご近所で人が亡くなるとか、そういうことがよくある。
夕方犬の散歩で田圃の横を通ったらば、かじかの声がしていた。
高校時代夏休みに天城に行っていたのだが、そのときに聞いた音だ。
ここは常夏なので、当たり前だけど自分の中の季節感が
かなり曖昧になっている気がする。
その反面、長月という感覚は日本で生活をしていた時とは段違いで
よ〜くわかる。
新月と満月の夜の明るさの違いとか、そういうことはとても身近なのだ。
古典的感覚に、近づいているのかも?
教科としての百人一首は、覚えなければならないというノルマだったけれど
そのおかげで、ふとした時に思い出す句がある。
制服を着ていた頃はバリのバもしらなかったのに、月日が流れて
暮らしている。
不思議と言えば不思議。
それにしてもお犬様方、せわしない事である。
何があっているんだろう。
2005.11.23
今朝市場で卒倒しそうになった。
野菜やさんが「知ってる?燃料がまた上がるんだって、」と言ったからである。
彼女の話では先日1リットル2400rpから4700rpに値上がりしたものが
更に7300rpになるという。
目の前が真っ暗になった。
家に戻ってだんなにその話をすると「ガセねただよ。きっとバリ語を聞き間違えたんだよ」
「ちがう、違う。小耳に人の話を挟んだんじゃなくて、ワヤンさんが私にインドネシア語で言ったのよ」
「そりゃ、間違いだよ。ニュースでもそんな事発表してないよ。第一大統領は、生活必需品の価格を引き下げる予定と
いってるよ。そんなことしたら、国民が飢え死にするのはいくらなんでも政府だってわかっているだろう」
その後ニュースを各局見たが、そのような報道はない、だんなのいうようにガセねたであることを
強く希望する。
その一方では昨日から劇場公開されたインドネシア映画の出演者のギャラが
1人500ジュタだという話。
日本円にすると500万円以上だ。
総額ではなく主演女優5名各500ジュタ。
ちなみに私の周囲には映画館に行って映画を見ると言う人を知らないから
一体そのくらいの収益が上がるものなのか、見当もつかない。
なんというアンバランス。
夕方空と犬様の散歩に出かけた。
雨の合間の夕暮れの空は、本当に美しい。
「ここにお弁当持ってきてピクニックしたいなぁ」とは空の弁。
現実逃避でなく、現実を強く生き抜く方法は
きっとどれだけ、身近にあるうつくしいものを見つけて
うつくしいと感じる気持ちをキープするかどうか、そこにあるような気がする。
「生きる」ということは「トンネル堀りの作業」で
最初は汚れてもいないし、光の中にいるから明るい。
でも掘り進めば進むほど、後ろの光からは遠くなるし、汚れるし疲れる。
だけど一番真っ暗で、最も光から遠く、汚れ 疲れたとき
そのときが最後の壁を突き破る そのときだと信じて
暗くなる事、汚れる事、疲れる事を怖れず、進んでいきたい。
あきらめない。
2005.11.22
空にはかわいそうであるが、チャットの夢はしばらくお預けにしてもらうしかない。
MSNメッセンジャーが使えるかどうかチェックをしたところ、バージョンのアップデートが
必要、そのダウンロードに要する時間2時間以上なのだ。
高速回線だと5分のところを120分以上!2時間○○分と言う表示が出て
もう○○のところは、問題外。
2時間以上かかるとわかっただけで判断はついた。
2時間その○○分かけて無事ダウンロードできるかと言う可能性は
非常に薄い。
なぜかというと99%ダウンロードしてもあと少しのところで回線が混んで
ブツッと切れ、それまでの99%が水の泡ということが ここのインターネット状況ではよくある。
以前日本と上海で仕事をしている女性から
上海のインターネットのスピードは日本と変わらないと聞いた。
中国のインターネット人口は国民の10%、しかし10%がすでに1億人なのであるそうだ。
昼間の接続スピードが400バイトのこともある こことは雲泥の差である。
しょうがない、空には お預けを頂いていただくしかない。
テレビにはまってしまった。
韓国ドラマにはまったことは先日書いたが、もうひとつ始まったのである。
「太陽は沈まない」滝沢英明出演のドラマである。
彼が高校生の役をしていると言う事だけで いくら日本の情報には浦島花子化している私でも
かなり前にオンエア−されたものだということはわかる。
別に滝沢くん目当てではない。
松雪泰子である。
このドラマと韓国ドラマの間に家中の掃除を終えてアイロンがけもして
2時間もテレビを見ても支障が無いようにきたす。
ここまで健気な努力をしてまで、とも思う。
しょうがない、はまったんだから。
さてどんどん貯まっていくものが貯金なら、大喜びであるが
我が家で貯まっているものは洗濯物だ。
洗濯はしている。が、乾かない。
連日の雨で、日中60%くらいしか乾かない。
空の制服だけはなんとしてでも乾かさねばならない。
だから、長袖を着用して天井の扇風機を回す。
実のところ、我が家のお犬様も今日は散歩をしぶり 外に出かけたがらないのを
雨の合間をぬって出発。空もお供である。
途上、「寒いね、バリで寒いんだから、空日本にいったら、凍えるよね、まして北極に行ったら
凍っちゃうよね」と彼女は言っていた。
彼女が1度だけ行ったことのある日本は11月で彼女の記憶の中での日本は「寒い」なのだ。
「寒いからできる楽しい事」を経験するところまでそのときにはいかなかった。
見せてあげたいもの、感じて欲しいことがいっぱいある。
それは日本に関してだけではないけれど
この時期がくるとクリスマスイルミネーションをみせたいなぁと思う 毎年。
別にクリスマスを祝うと言う事でないけれど街路樹の電飾とかみせてあげたい。
そういう時間に街を歩くということも含めて。
窓ガラスの白く曇ったので絵を描くとか、ストーブの上のやかんの湯気やこたつにもぐりこむこと
そういうこと 別に特別な事ではないけど その時期に出来ること
それはいつの事だろう?
2005.11.21
空の友達で我が家に遊びに来た事のある子のお母さんが
「空ちゃんのうちに行った後ずっとおうちのことばかり話してるのよ。
畑があって お野菜が取れて裏には森があるんですってね!」
う〜ん、畑・・・。う〜ん森。
畑というより自生した野菜(堆肥として埋めた生ゴミから発芽したもの)
森というか雑木林。
空のお友達にとっては、ジャングルの中のおうちのイメージで
お母さんに話したらしい。
ここのところの雨で、ますます敷地の中がジャングル化している。
ブーゲンビリアの勢いも、ほうれん草の育ち方も ものすごいのだ。
飽きなければ、毎日の野菜はわざわざ買う必要がないくらい。
(売れるかもしれない位の供給量)
(これはちゃんと棚を作ったもの)ニガうりは、おすそ分けして
飽きないくらいのペースで食卓に上る。
とにかく一雨ごとに、全ての植物が勢いを増す。
で、この季節夜の7時ごろから羽根虫(ここではダルダルというもので蜻蛉みたいな虫)が
大発生する。
何処からともなく明かりをめざしてやってくる。
その数は、百の単位以上かもしれない。
空は狂気乱舞。 怖がるのではない、捕獲するのだ。
今夜に至っては、プラスティックのケースそれも彼女のお弁当箱の10倍くらいのサイズに
捕獲しては、入れていく。
このアイディアを吹き込んだのは、もちろんお山の方、だんなである。
目的は、鳥のえさ つりのえさだそうである。
「本当に私の子?」
彼女にはそういうものは「気持ち悪いもの」のカテゴリーには属さない。
私は「見えない」とこころを空にして、おさまるのを待つのみである。
終了後は、羽根虫と思わないで、「これは埃」と言い聞かせ箒で始末する。
WILDLIFEの道は険しい!
最近空は絵を描くのが好きだ。
花や魚、彼女の書くものは自然 それも身近なものである。
私は図画が苦手だったので、夢中になって描いている彼女がうらやましい。
点数評価に影響されず、好きなものを描けるっていいなァと思う。
そして英語の宿題で、「これはまずい、こんなことまでやってる」と発見。
掛け算とか割り算を、英語でやっているのである。
すっかり忘れていたボキャブラリー・・・。
母の威厳は もう何処にも無い。
一緒に勉強しなおす、それしか道は残されていない。
脳の活性化である。ボケてはいられない!
2005.11.20
お葬式の当日。
別に年上女房を気取るわけではない。
が、今日だんながお葬式の行列に参加してルンブゥ(牛の形をした はりぼて ねぶたの牛バージョン)を
引っ張るとスニーカーまで履いて出かけたので これは珍しい なかなかのこころがけであると思い
空と見物に行った。
町内の方々は、もちろん行列を見るために、沿道に出ているのであるが
空はともかく私の目的は だんなの授業参観?である。
彼はそういうことに参加をあまりしない。
Y嬢のほうがバリの儀式に関しての知識があるくらいだ。
予想するに事前に友達と、約束をしたんだろう。
誘ってくれると動くんだなぁ。
待つ事約こ1地時間、行列が始まった。
でもルンブゥの部分は、そこだけスピードがアップするため
(勢いとしては、博多の山傘とか大阪のだんじり)
あっという間に通過、しかもおそらく50名以上の男衆、見つけることは出来なかった。
「本当に参加してたの?カーストが違うからかついじゃいけなかったでしょ?」
「かつがないけど、中にいて走ったよ」
「ふーん」
私の今までの経験上お葬式当日は 雨止めもしているので
本番中は雨は降らない。前後は別として。
でも今日は、例外でずっと雨、しかも大雨。今に至るまで雨。
だんなの参観を終えた後は、帰宅をした。
まったくそれだけのために、苦手な正装までしたということは
我ながらすごいことである。
供え物作りには参加をしても当日はサボるのがパターンだから。(ねっ、Y嬢!)
だからといって、ラブラブというわけではない。
単に珍しいもの見たさの動機。
さてお葬式が終わったからといって今年のお祭りごとが終ったわけではない。
このあと約1ヵ月後にはうちの本家のファミリーテンプルの
210日おきのお祭りが控えている。
更にいうと、お葬式のレベルではなくど〜んと参加義務が増える。
しかも同じ敷地に家を建築中の義理の弟が そこにあわせて
新築の式をするということで、我が家も やらねばならないそうである。
建ったからといってそのまま住むのは本来のバリの道には 外れている。
そこに住むことを町内の方々や、親族にお披露目をし
そこに見えないけど宿っている いろんなものに ご挨拶をして
邪魔をされないようにするのである。
つまり我が家はまだ正式のその式をしていないので
「家」としては認知をされていない。
呼び方も 現在はテガル、式後はグリヤ〜と変わる。
グリヤというのは バリでは僧侶階級の住むところを意味する。
Y嬢に「うちはグリヤ セカールにしたいんだ」(セカールはバリ語で花の意味)と言ったらば
「グリヤ アンジンって言われるんじゃない?」(アンジンは犬)
まぁ、どっちでもこの際構わない。
わかっているのは、年末にかけて 儀式の洪水だということである。
今わかっているのは2つだけだけど、確か弟の家の子供の通過儀礼もその時期、
全国駅弁大会ならぬ、儀式大会。
しかも幕の内弁当のように、いろんなものが少しずつと言うのではなく
1つ1つの儀式が、独立して大きいので
全国駅弁大会なのだ。
こてこてである。
これを堪能する方法はいかに?
2005.11.19その2
カプチーノ、今ベッドにそっくり返って寝ているのであるが
「ねぇ、カプチーノ サドウの店で一騒動起こしたんだってさ。」
どういうことかというと、自由の身である彼には日課がある。
朝8時過ぎに開くサドウというご飯やさんに行き店番よろしく、店の中に座り込む。
残り物の骨とかをもらったり、サドウの奥さんからお肉をもらったりするのである。
で、店じまいをする時にサドウの奥さんが「もう閉めるからお家に帰んな。」といわれると
戻ってくるのだ。
店が開いている時間、連れ戻しにいっても知らん顔である。
これだけでも、かなり恥ずかしいのであるが、サドウの奥さんが非常に可愛がってくれているので
無視する事にしていた。
で、なにをやらかしたかというと、サドウのダンナさんには第一夫人がいて
しかも最近体調があまりよくないので、ほとんどサドウの奥さんのところには来ていなかった。
で、久し振りに来てみると、寝床が乱れているので、
奥さんが、間男をしたのだと思ったそうである。
その相手がカプチーノ。
カプチーノは、奥さんが休憩をする時に、ベッドにまでお邪魔をしていたという始末。
この情報筋は、その場に居合わせただんなの友達で
つまりその時間店で食べていた人は知っているってこと。
全く人様の家の夫婦争議まで引き起こすとは、たいしたものである。
当分市場に行く時には、サドウの店の前を通る事は控えようと思う。
2005.11.19その1
雨上がりの朝。
我が家の朝は、にぎやかである。
横を流れる川のせせらぎ、にわとり、飼育しているはとや とりの鳴き声、
電気音以外の音でいっぱいだ。
遠くにはバイクの音も聞こえる。
日常生活というのは、地味でかっこいいものではないけれど
それを、どう堪能するかがポイントだと思う。
新しい朝が昨日と同じようにやってくるのは、決して当然ではない。
一期一会の思いをキープするには、まだまだだけどね。
2005.11.18
昨夜は遠雷のため怖くてPCを使えなかった。
「一日千秋の思い」という言葉は韓国語にあるみたいだと
ドラマをみていて気づいた。
インドネシア語で直訳をしていたが秋の無いインドネシアでは
きっとピンとこない訳のように思う。
ダイレクトに千の日々とか夜とかにしたほうがいいんじゃないかなぁ。
雷が鳴るときまってブラウンがやってくる。
かれは普段つないでいない。
でも「ゴロゴロ」と言う音が始まると、必ず帰ってくる。
小心者である。
犬にもいろんな性格があって面白い。
さて本日空が犬の散歩デビューをした。
彼女は私がお気に入りの場所にたどり着くと
なんにも言わなくても「空の色がきれいだねぇ」と言った。
そうなんだよ、これを見せたかったんだ。
さて、明日は同行するか、どうか?
2006.11.16
イソップのありときりぎりすに例えると
うちのだんなはありだと思う。
私の周囲のバリ人には珍しく、仕事をしている自分が好きみたいなのである。
「何にもしていない空白」が苦手と言う点では
典型的なバリ人だけど、それに加えて「結果を出したい」みたいである。
ここで「こつこつ努力する」とか「できない事を一生懸命がんばって出来るようになる」というプロセス
日本だと習い事とか学校生活の中で経験する事、それを体験するチャンスと言うのは
なかなか稀有のような気がする。
もちろん私の知らないだけで、実際にはあるのかもしれない。
周囲に音楽関係の人がいないから知らないだけでガムラン奏者だと
そういう経験を積み重ねているかもしれない。
2つ考え方、方法論があって(もしかするともっとあるかもしれないけど極論でいうと2つ)
「苦手なものを時間をかけて習得する」か「できることを極めていく」か?
うちのだんなの場合、「できない事を時間をかけて出来るようになる」と時に必要な時間の余裕が
物心ついたときから、乏しくて「できることをやって収入にする」ということを繰り返してきたようである。
なにせ、学費もお小遣いも自分でほとんど、捻出せざるを得ない生い立ちだから。
笑えない笑い話。
空の所有しているバッグを見て彼は「お父さんなんて、(コンビニで使用している)ビニール袋を
使っていたのになぁ。運良く有名スーパーのそれが手に入ったらもう大得意だったんだよ。」
笑えないどころか、泣けてくる。
わたしは絵に描いたような悪妻なので、彼がどんよりしたり愚痴ったりしても
真剣に聞いた様子を見せない。
同調をするのは簡単だけど、彼の出している「ネガティブ」にそのまま引きずられても
そこからは何も生まれないと思うからである。
それよりも「ふ〜ん、だったら、上昇する方法を探すしかないんじゃないの〜?」と
へろろ〜んと、かわす。
以前はフランス映画の「ベティ ブルー」のベティみたいに
恋人のゾークの才能が評価されない事でだんだん自己崩壊していくそういうものに
魅力を感じていたけど
残念ながら、肝っ玉母ちゃんの道をMY WAYにしているので
間違っても、狂って自分の目をえぐり抜いたりしない。
だいいち痛いのはごめんである。
「MADIA(私のバリ名)は人の話を真剣に聞かない」と思われても結構。
だって、どんよりしていても、大本の空は青いんだから
雲の上の青空を、見上げたいんだもん。
と、今日のお犬様の散歩時に見たうつくしい黄昏の空をみて そう思った。
2005.11.15
今夜は久し振りにラビットちゃんがお泊りをしている。
彼に先日妹が生まれその前後からお泊りをしなくなった。
幼心に親をとられる危機感があるような気がする。
それまで仕事帰りに両親がお迎えに来ても しらんぷりを決め込んでいたが
このごろでは 空が勧誘をしても 結局帰ってしまっていたのだ。
今夜のケースは おばちゃんがこないのを 知った空の必死の説得によるものと見える。
さて今日ひとりでコンタクトを買いに街まで出かけた。
暑かった。
当初はめたまま寝過ごすこともあったデイリーコンタクトであるが
強制訓練のおかげをもち、きちんと外す習慣をなんとか身に付ける事ができた。
学生でなくなって、久しいので
なにかを始めたりするのは、自分で決めてどういう方法がもっとも適切かを
自分で分析するしかない。
ごく当たり前の事だけど、なかなか難しい。
ともすると日常に流されるのだ。
午後帰ってきて、「このまま座り込んだら絶対、ぐうたらする!」と思い
そのまま掃除をした。
で、倒れこむように寝ていたらば ご親切な事に空が
「お母ちゃん!おかあちゃんの好きなドラマが始まったよ!」とたたき起こしてくれた。
昨日から韓国ドラマ「SAD LOVESONG」というのが放映をされている。
冬のソナタには 何度再放送をされてもはまらなかったのに
今回は、手ごわかった。
インドネシアの、ドラマの大味とは違い、繊細なんだなぁ。
ビデオに撮って好きな時間に見ると言う事ができないため
(我が家のインターナショナルビデオは再生専用)
オンエア−されている時間、見なければいけない。
当然今日のお犬様の散歩は それを見終えたあととなった。
でもそのおかげで、美しいものが見れた。
夕焼けのあとの空の色。
薄暮の空の一部にオレンジの薄い色があり、
大きな空に、いろんな彩りがあるのだ。
ちょっとだけ青、白っぽいところ、オレンジの濃淡、この時間の空の色、
大好きなのだ。
バリに住み始めた頃住んでいたコテージのプールサイドから見るそれが
この時間の空を好きだと言う事を知ったきっかけ。
当時朝から夕方まで織物工場で修業して 毎日くたくた。
で、ある日の事気分を変えて泳いでいたらちょうどその時間の空を見つけたのだ。
「バリでものを習うってこういうものを見ることも 含まれてるんだよなぁ・・・」と
肩の力が抜けたのだ。
空を見る余裕もない自分が、なんだか大げさだったなぁと目からうろこだった。
今日もそうだ。
きれいなもの、うつくしいもの、素敵なものは手の届くところにいっぱいある。
同じ位置でも自分の、心のもちようしだい。
2005.11.14 その2
これを宣言しなければ!
空のインドネシア語からこのまま距離を離されるのを放置するのは止めた。
インドネシア語ー日本語辞書をテーブルの上に置いて
TVで出てきたわからない単語をその場で引いて習得することを始めたのだ。
これは書いて宣言しないと 1日坊主になりかねないので
ここで、公約いたします。
あきらめない!
2005.11.14その1
インドネシアで勘弁してほしいことのひとつにインターネット接続状況がある。
ここのところプロバイダーとの接続が芳しくなかったが
昨日の夜から(わたしの使ったのは夜だけどもしかすると朝からだったかもしれない)
今日の夕方までネット接続は出来てもOUTLOOKからメールを送信できない状況が
続いた。 朝一番でプロバイダーに改善を依頼したのだが
私の使っているモバイルとプロバイダー間に問題があり
「通常の電話回線だとクレームは来ていないから・・・」と消極的な対応。
しょうがないから繋がるのをじっと待つしかなかった。
こういうことは往々にして起こる。
スピードが遅くても、しょうがないが接続拒否するのはやめて〜!
さて昨日のイベントが無事終了をしたので
今日は1日、あるものつくりに励んだ。
私がパーツを作りだんなが、それを組み立てるという共同作業なのだけど
「同じものをつくる」ということが、性にあっていない性格の2人である。
ということは全部違うものになるということである。
ということは、お披露目をする際全部画像を1枚1枚撮る必要がある!
これは、墓穴を掘ったか・・・?
でも面白いんだ。
「これを入れると どうなるかな?」
「この色の組み合わせは どうかな?」といろいろやっていると もう時間を忘れてしまう。
それでもって、バリではすぐにコピーが出るので
こっそり作っている。
材料も1つの店で揃える事は出来ないので
いろんな種類の店に行って面白そうなものを集めている。
「え〜っ、祥子さんってものつくりするの〜?!」との知人のコメントであるが
はい。もともとバリに住むようになったきっかけは「織物修業」だったんです。
今作っているのは「織物」ではないけど、「ものを作る」ということ
本当に楽しいのだと 思い出しながらやっている。
夕方まで家事をし終えた後、もくもくと作る。
その後家中の掃除、続きは犬の散歩だ。
Y嬢、今とうふとギャルソンはつないでるんです。
貴方に嫌がられるカプチーノは相変わらず自由の身ですが・・・
でもって、かれらを散歩させるのが日課になったのである。
これがなかなかの重労働。
ご近所の犬はみなさま自由のご身分でつながれて歩いている彼らにガンを飛ばすんですな。
そうすると彼らは「売られた喧嘩」はご丁寧に 受けるので
ものすごい勢いで私の巨体を引っ張るのである。
それをひっぱって、歩くさまをご近所の方々は「あの日本人嫁は・・・」と
冷笑を買っている。
有名なのである、犬があの家にはいっぱいいるって。
しかもこの前のお葬式準備の頃はまだ自由の身であった我が家の犬様は
奥方の護衛よろしくわたしが町内会館に行くのについてきてなんども だんなに
お迎えにきてもらったのだから、町内中のご夫人は皆様
我が家の犬環境をよ〜くご存知なのである。
顰蹙を買っているともいえる。
「いいご身分ねぇ、犬の散歩なんて」と言う具合。
でも優雅に見える白鳥も水面下では足をばたばたさせているのである。
だいいち、勢いついた彼らに引っ張られる私の手には擦り傷だらけなのだ。
軍手を買おうかなァと真剣に思っていることなんてみんな知る由も無い。
まぁ、どう転んでも人様の噂話の種にはなるしかない外人嫁だから
バリ語でなんて言ってるのかわからないふりして、やり過ごすに越した事は無い。
気分は ピストルズの「MY WAY」ですな。
シド ビシャスの のりのりのMY WAY!
2005.11.13
眠い、眠いの二乗。
空の誕生日当日。
朝から(厳密にいうと6時過ぎから)市場に行き材料を買い揃え
ケーキを正方形、円型2台焼き、デコレーションして
あっという間に本番、
誕生日のプレゼント、実は当初の計画では天井から
滑車を使ってするすると下ろすというものであったが
重さに断念。
そのかわり風船をいっぱい、飾り付けた自転車である。
空は自転車が大好き。
しかもひとりで乗るのではなく、荷台にいとこや友達を乗せて
時には自分の体重と同じくらいのこを乗せてびゅんびゅん漕ぐのが大好きである。
今まで乗っていたものは18インチで、最大に調節をしても足がハンドルについてしまうのである。
(だんな曰く自分に似て足が長い、君に似なくて良かったね)
で、いろいろ候補はあったのであるが、必需品といえば「自転車だろう」と言う結論に至り
店を数件回り、マウンテンバイクとかご、荷台つきの両者を天秤にかけ
かっこよさより、彼女のニーズに合わせて、ママチャリ予備軍のこの自転車にしたのだ。
ギアつき、更に言えばライトもついている。
さっそく友達やいとこを荷台に乗せて、ご近所を走っていた。
うちでは特別にご招待をしなくても19名もメンツが揃う。
参加者のみなさまにケーキと空の手製のアイスクリームを振る舞い
そのあとだんなと、PAK SUMOの焼いた鶏のココナツ殻焼きで
みんなご満悦であった。
特別ゲストはだんなと携帯電話屋を共同経営しているアニさん。
気の毒な事にアニさんは、座る暇なく皿を洗ったり、お片づけの床掃除をしたり
全くもって空のために、尽力を尽くしてくれたのにはありがたいばかりである。
そんなてんてこ舞いの1日でメールを開けることも出来なかったが
先ほどやっと開いたらばY嬢とSUMIYOさんからのWEBカードが届いていた。
すごいよね、お母さんの友達にも覚えてもらってる。
幸せものだよ、空ちゃん!
こういう幸せを重ねて育っていってほしいなぁとおもう。
2005.11.12
眠い・・・。
朝9時からと夜7時からのお葬式の供え物つくり・・・。
どろどろである。
作業をしている間はまだしも、終了後のアナウンスを待つ間
とろけるように眠くなり、あやうく町内のご夫人方の見守る中
寝てしまいそうになった。
幸いな事にコンタクトがずれて それを戻すために
眠気を忘れたが、帰り道「ここでこのまま倒れて寝てしまいたい・・・!」と
思った。
それくらい眠い。
やらなければいけないこともたくさんあるというのに
もうだめだ〜・・・。
誰か、替わって〜!
2005.11.11.
うちのジープは持ち主孝行なのか、逆なのか?
入金の兆しがあると、不調になる。
このところ運転中に変な音がするとだんなが言っていた。
で、修理やさんに持っていったらば、やはり部品を交換する必要があるという。
なにしろ1970年代産の代物なので、今使っている事が奇跡的ともいえる。
ここには車検制度が無いので維持が出来るのである。
で、これを売るかどうかという話題にいつもなり、
私とだんなは結論をでせないままでいる。
愛着があるという部分と、それを売って次をどうするのかという答えが出ないのだ。
ジープというのは、マニアの世界なので
売値は買い手がどれだけその車に価値を見出すかにより
千差万別なのだ。
もしかすると、買い叩かれるかもしれないし、
信じられない高額で売れることもある、同じ車でも。
友人が大学時代乗っていたジープを就職、引越しに伴い売る事になった際
査定が5万円だったそうである。
パワーステアリング、ディーぜル、エアコンつき この条件だと
バリでならば最低でも50万円はする。
つまり10倍。
100万円も可能かもしれない。
日本円とルピアのレートの違いから考えると非常に不思議である。
大体車が高すぎる!
ここの経済レベルに見合っていない!
日本と逆なのである。
もっと不思議なのは携帯電話の価格。
最新の機種になると10万円以上、20万円に近いものすらある。
一体誰が買うんだろう?
でも、いるんだなぁ、買う人が。
新車のバイクより高いものを買える人がいるんだ、インドネシアには。
ここのお金持ちと言う世界は、財閥レベルというか、
スケールが違う。
自家用機をもったり、庭にサラブレッドを放し飼いにしたり出来るレベル。
極端な例をあげると
隣のうちにはまだ電気が無くて、まきで料理をしていても
その隣のうちには、最先端の電気製品が揃っていることもありえる。
自家発電があるから。
先日の燃料の約90%の値上げに伴い
それまでプロパンを使っていた家庭が薪を使うようになったと言う話は
バリでは、珍しくない。
都市部にいくと、おくどの設備がもう無いため そうできないこともあるだろうが
バリでは、いまだにおくどを保持、利用している家庭が、少なくは無い。
いろんな経済レベルに対応した商品もある。
例えばバリではトラベル用のシャンプーがいたるところに売っている。
特別なコーナーに行く必要は無い。
道端のよろずやさんに売っている。
別にバリ人が旅行好きなわけではない。
その理由は、シャンプーのボトルを買えない人が多いから。
もちろん最終的にはボトルのほうがお得なのだが
一度にシャンプーに、投資をするよりも
その分ほかのものを購入するのにお金を小分けにして
シャンプーは、その時々に1回分を買うという人が多いからである。
市場での買い物の仕方も、その論理で
食用油を買うとすると、その日に使う分だけ買う事も可能である。
別にボトルで買う必要はない。
コーヒーも砂糖、たばこも然り。
その日に使う分だけ買って、その日の日収で次の日に、また次の日の分を買うということである。
だから洗剤1KG入りとかを買うと、非常に目立つ。
スーパーで買出しをした際は、ご近所さまに目立たぬように、こっそりと家に持ち込む。
こういう世界と20万円の携帯電話を買える人の同居している世界なのだ。
面白くもあり、切なくもあり。
私自身もその時々の経済レベルで、あっちにいったりこっちにいったりをしている。
つまり、1KG入りの洗剤を買ったり、1週間分の子袋を買ったり、そういうことだ。
便利?
2005.11.10
日本の小学校のコンピューター教育事情は知らないが
空の学校では週に2時間授業がある。
で、いまどきのお子様の興味はチャット。
理由はわかっている。
今月からの新番組に影響されているのである。
「ねぇ、おかあちゃんのPCでチャット出来る?
空、Y嬢とチャットやりたいなぁ・・・」
側で聞いていただんなは、???
彼はお山の方なので、こういった話題になると、「僕の回路には入っていません。チャットて何?」という
表情をする。
チャットを出来るほど接続状況は早くないので(取りあえず空の起きている時間は)
「いずれね」とお茶を濁している。
今ですら、Y嬢にメールを書きたくてうずうずしているのである。
もうひとつ驚いているのは英語の授業内容。
というか宿題。
まぁ、中学からスタートした私と幼稚園から授業を受けている彼女では
違っていて当然と言えばそうであるが、
「THIS IS A PEN」どころの騒ぎではない。
疑問文は、取りあえずWHAT WHO WHICH WHOM WHEN WHY HOW
全部入っている。
あなどれない。というか うかうかしてはいられない。
悔しい事にRの発音が出来るという点においては 大きく差をつけられている。
あとは単語量の問題である。
おそろしくて聞いてはいないがもしかするとだんなより 英語力があるのかもしれない。
更にいうと空はでかい!
以前にも書いたが、Y嬢のT−シャツが、着ていても不自然なサイズでない。
空の場合、インドネシアの子供服のサイズはもう通りすぎている。
でもお子ちゃまなので、寝る前に本を読み聞かせをこのところ楽しみにしている。
ただしこれは日本語の場合のみ。
インドネシア語は私の出る幕ではない。(リンドグレーン、サン テグ ジュぺリ、エンデ
このあたりは一人で読んでしまう)
日本語の読み聞かせにしても、空に「これってインドネシア語でなんていうのかなぁ?」と
おうかがいを立てながらのありさまである。
あと3日で9歳の誕生日である。
その年齢の記憶はあまり無い私なのだが、中学の記憶は鮮明で
そのころの自分にどんどん近づく空を見ていると なんだか不思議だ。
きっと好きなこの話などは、Y嬢に打ち明けるんだろうなぁと思うけど
子供というより同士に 近づいてきている、空の存在は。
GIRLS TALKではないけど、そういう会話が出来る日がくるのかな?
さてその頃私のインドネシア語、それが出来る程度になってるんだろうか?
???
2005.11.9
深夜3時半ごろ、隣家の犬の鳴き声にカプチーノ、ギャルソン、とうふがつられて
吠え出し目がさめたら停電だった。
お犬さまの吼え方が、ただ事ではないので すぐには外に出なかった。
しばらくして出てみると、うちだけが停電。
別にヒューズが飛ぶほどの電気を使ってないのに変だな?と
一応ヒューズを調べたけども、それでは復旧しなかったので
しょうがないからそのまま寝た。
朝になって、もう一度ヒューズをみると大本ではなく
いつもはヒューズが飛んでも関係の無い部分の半分がOFFになっていたので
そこをOnにすると復旧をした。
この話を 夕方義父にすると、「20日のお葬式の霊の所業だろう」とのことである。
そういうことは ここでは割と起こる。
全然話は変わり、13日に空の9歳の誕生日を控えて
だんなと、秘密の計画を実行中。
実は今日プレゼントを購入した。
そのため外出先から戻る家の寸前で義弟にお迎えにいってもらった
空と遭遇!
しかしながら、そういうこともあろうかと近くで車の外からプレゼントが見えないように
隠していたので、空には見つからなかった。
しかし車に置いていると空が扉を開けるかもしれないので
彼女が制服を着替えている間に、窓から部屋に移動をさせた。
こういう作業をやるときには私たちは、とっても良いパートナーシップを発揮する。
物置に使っている部屋に、隠して当日サプライズを計画しているのである。
非常に劇的なプレゼントのお披露目をしようとしている。
大体平日の昼間にこういうことを夫婦でできるというのは
ここに暮らすメリットだと思う。
13日の誕生日まで、私たち夫婦は顔をあわせると
「フ フ フ」と笑うのだ。
2005.11.8その2
蛇足ではありますが、「念ずれば花開く」
でもいまだかつて「面食い」だったことはありません。
これを読んでいるM女史はごぞんじですね。
うちのだんなのことを「かっこいい!」とおしゃられるかたもいるけれど
其処の部分は、「念じた」のではなく、グリコのおまけみたいなものです。
あしからず・・・。
2005.11.8その1
ずっと更新を出来ないのは、これを保存しているフロッピーに
問題がありファイルを開けなくなってしまったからである。
もともとフロッピーディスクというものは日本では
時代遅れの代物らしい。
で、しょうがないので新規に作成をすることにした。
いつも書いていることであるけど
時間というものは 非常に平等で泣いて過ごしても笑って過ごしても
1日は24時間である。
だから、その使いようは個人の自由に任されている。
活かすも殺すも、わたし次第というわけだ。
ひとつの事実を どう受け止めるか、
物事にはいろんな局面があり、解釈の仕方も
さまざまだと思う。
更に言えば解釈をしたあと、どう行動するか
それが大切な気がする。
ものすごく抽象的で、これを読んでくださっている方は
一体私が何を言いたいのか、よくわからないかもしれない。
ごめんなさい。
私を取り巻く環境と事実(現実)は、私の認知していないものも含まれている。
インドネシアのTVドラマは、ひとつのストーリーでも
其処に出てくる登場人物のいくつかのストーリーを混合していることが
よくあるので、一体このドラマは何がテーマなのかわからなくなる事が
しばしばある。
中心ストーリーは、非常にシリアスだけど登場人物に、お笑い系のキャラクターがいて
そのひとのエピソードを入れるので、さっきまで深刻だったのに
いきなりお笑いになると言う具合。
だけど、この手法は非常に現実に即しているような気がする。
5人登場人物がいたら、個人のキャラクターも背景も それぞれにあり
5人がダイレクトに関わっている部分はあっても
個々の時間のほうが実際には長いわけで
そこで起きる事実は、さまざまだと思うのだ。
例えると、わたしと空の関係。
私と空は母と娘。
でも空には私の知らない部分がある。
学校での空、友達との空。
彼女は8歳だけど、彼女なりの人間関係や世界を持っている。
想像をする事は可能だけど、それが事実であるかは わからない。
反対に私にも空の知らない部分がある。
現在の事もだけど、まして過去に関して言えばそれ以上だと思う。
だんなも然りである。
個人をひとつの円と考えると円と円の重なっている部分以外があるわけで
その部分が 知らない円と重なっているんだろうしそこに含まれるファクターは
未知であるのが当然。
だから人を理解するということは、そういう未知の部分があると
承知をした上でするしかないのかなぁと思っている。
考えれば考えるほど、迷路に入り込みそうだ。
ここのところユーミンを聞いている。
NO SIDEのNO SIDEを聞きたくなったのだ。
友人が引越しをする時にテープを整理したから
もしも欲しかったらあげるよといってくれ
送ってくれたものの中には、私の筆跡のテープレベルのものも含まれている。
高校時代から好きで聞いていたのだ。
ユーミンを聞くと かつて私の好きだった男性のタイプをいやというくらい思い出す。
NO SIDEのなかのDOWNTOWNBOYなんて、その顕著な例である。
人見知りで、シャイで両刃のナイフのような鋭さを持ったタイプ
念ずれば 花開くとはよくいったもので、うちのダンナは それに近い。
最近は学習機能装置の起動により、
ご挨拶は出来るようになったけれど、出会った当時は
それも怪しかった。
実はダウンタウンボーイの好みとはかなり違うものを
それ以降、望むようになったのであるが
それ以前の「念ずれば」の効力のほうが強かったらしく
そういうだんなと結婚をすることになったのである。
「念ずれば」が適ったもうひとつの例に
SPITSの「田舎の生活」の曲の様な暮らしをしたいと思っていたら
今まさにそういう生活をしている。
だから強く念ずる前に、本当にそれを必要としているか よ〜く吟味をしたほうが
よいということを実感している。
DOWNTOWNBOYと結婚をしたら、とっても大変だとはその当時予測を出来なかった。
恋人なら、会っていない時間の方を長くする事も可能なので
息を抜く事も可能であるが、結婚したら そうもいかなくなった。
「恋人」と「妻」とポジションが変わっただけのことなのに
その違いと来たら天と地の違いである。
「妻」というのは、損なポジションだなぁと、しみじみ思うこともある。
「病めるときも健やかなる時も このものを愛すると誓う」と言うフレーズは
キリスト教プロテスタントの結婚の誓いのなかの一文であるが
この「病めるときも」というのがみそなのだ。
人生いいときばかりではないので、その逆の状況でも「愛する事を誓う」というのは
実際にその場に直面すると なかなか難しい。
私はキリスト教の結婚式ではなかったので
「誓ってないもん!」と開き直る事も可能であるにしても
究極のところで「病めるときも健やかなる時も 」共にいて、共に生きることの出来るパートナーに
なれればいいなぁと思う。